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大阪高等裁判所 昭和32年(ネ)937号 判決

控訴人 加藤ふさ

被控訴人 加藤保太郎

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し加藤甚六名義の株式会社台湾銀行旧株式七九四株および新株式七九四株の株券を引渡せ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決ならびに担保を条件とする仮執行の宣言をもとめ、被控訴代理人は主文同旨の判決をもとめた。

当事者双方の主張は、控訴代理人において、「一、控訴人の父加藤甚六死亡後、相続人甚蔵、その相続人お政、その相続人控訴人は、本件株式によつて担保されていた滋賀銀行愛知川支店に対する債務をふくめ、甚六の負債整理をすべて被控訴人に一任し、その整理資金として十分な株式を甚六の遺産中より被控訴人に託していた。したがつて、右滋賀銀行に対する債務の支払については控訴人は一切関知していないが、右債務中七万五〇〇〇円を控訴人が支払つたという点については、上記甚六の負債整理の計算を被控訴人が明らかにしないので、果していかなる資金によつたものかをたしかめることができず、被控訴人の出捐によつたとみとめることはできない。

二、仮に被被控人が第三者として弁済し、かつ、当時本件株式の上に右弁済された債権のため担保権が存在していたとしても、債権者たる滋賀銀行が被控訴人による右債権ならびに担保権の代位取得を右弁済と同時に承諾したという事実はないから、右弁済により被控訴人が右債権ならびに担保権を代位取得するための要件はみたされていない。またその代位につき対抗要件もみたされていない。のみならず後記昭和二〇年一〇月一五日大蔵省令第八八号により、当時本件株式についての取引は一切禁止されており、この禁止に違反した行為は昭和二〇年勅令第五七八号第一条により無効とされているので、右代位取得を生ずる余地もなかつた。

三、なお仮に被控訴人が右債権ならびに担保権を代位取得したとしても、その取得した債権は求償の範囲における七万五、〇〇〇円の約束手形金債権または手形貸付債権であるから、被控訴人の弁済の翌日たる昭和二二年六月二四日から三年または五年の時効期間の経過により、おそくとも昭和二七年六月二三日かぎりで、すでに時効により消滅し、したがつて本件株式の上の担保権もまた消滅している。

四、なお、本件株式の移動が禁止されたのは、昭和二〇年一〇月一五日大蔵省令第八八号『外国為替管理法第一条及昭和二〇年勅令第五七八号金銀又ハ白金ノ地金又ハ合金ノ輸入ノ制限又ハ禁止等ニ関スル件ノ規定ニ依リ金銀有価証券等ノ輸出入等ニ関スル金融取引ノ取締ニ関スル件』によるものである。閉鎖機関令によるとした従前の主張は右のとおり訂正する。」と述べ、

被控訴代理人において、「一、被控訴人が控訴人の父加藤甚六死亡後、控訴人等相続人から滋賀銀行に対する甚六の負債整理事務一切を委任されていたことは控訴人も自認するところであり、右負債の担保に差入れてあつた本件株式が凍結にあつてその価格が激減したため、同銀行から、増担保を入れなければ控訴人の不動産を処分する旨厳重な交渉があつたので、右負債処理を委任されていた被控訴人は控訴人の窮状を救うため、やむなく、昭和二二年六月二三日残債務七万五、〇〇〇円と延滞利息二、〇二八円合計七万七、〇二八円を控訴人のため立替えて同銀行に支払い、本件株式ならびに控訴人の不動産を安全に確保したのであり、その弁済のため被控訴人は同銀行から右金額を日歩一銭八厘の利息で借受け、これをもつて右弁済に当てたものである。右のとおり、被控訴人が支払つた右七万七、〇二八円は、控訴人からの委任事務処理のため支出した必要な費用であるから、被控訴人は控訴人に対して、右支出金額および支出の翌日たる昭和二二年六月二四日から償還まで右金額に対する法定利率年五分の割合による金額の償還請求権を有し、これは本件株券を確保するために生じた債権であるから、被控訴人はその弁済を受けるまで、本件株券を留置する権利を有する。

二、右費用償還請求権の消滅時効期間は費用支出の翌日の昭和二二年六月二四日から一〇年であり、被控訴人は本件訴訟において、昭和三〇年一二月一九日付答弁書により、上記留置権を主張しているから、これにより右時効は中断している。

三、仮に、上記七万七、〇二八円の弁済が、控訴人の委任にもとづくものでないとしても、事務管理として、以上のとおりの結論となることにかわりはない。」と述べたほか、原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。

証拠として、控訴代理人は甲第一号証の一ないし四、第二号証、第三号証の一ないし四、第四号証の一・二を提出し、原審証人梅本藤四郎、原審ならびに当審証人堂ケ崎克巳(原審は第一・二回)の各証言、原審ならびに当審における被控訴人本人の供述を援用し、乙各号証の成立をみとめ、被控訴代理人は、乙第一ないし第四号証を提出し、甲第三号証の一中野郵便局作成部分の成立をみとめその他の部分は不知、甲第三号証の二ないし四は不知、その余の甲各号証の成立はみとめると述べた。

理由

控訴人主張の株式(本件株式)が控訴人の所有に属し、その株券を被控訴人が現に所持すること、右株式はもと控訴人の亡父加藤甚六が所有し、滋賀銀行愛知川支店に対し、同銀行からの借入金の担保として差入れていたのであるが、同人が昭和一九年四月八日死亡し、二男甚蔵が家督相続し、つづいて昭和二〇年四月一五日甚蔵の妹お政、昭和二〇年一二月一三日同じく妹の控訴人が順次家督相続をして本件株式を取得し、右甚六の右銀行に対する借入金債務および本件株式による担保関係を承継したものであること、右甚六の死後、相続人たる右甚蔵お政および控訴人がいずれも、甚六の弟に当る被控訴人に、右甚六の借入れによる滋賀銀行に対する債務の整理を一任してきたことは当事者間に争がない。

そして、成立に争のない乙第二、三号証、当審証人堂ケ崎克己の証言により原本の存在ならびに成立の真正をみとめ得る甲第三号証の三・四、原審証人梅本藤四郎の証言、原審ならびに当審における証人堂ケ崎克已の証言(原審は第一・二回)および被控訴人本人の供述を総合すれば、上記甚六の借入れによる控訴人の滋賀銀行愛知川支店に対する債務は、昭和二二年六月二三日当時元金にして七万五、〇〇〇円が残存し、その頃右の整理に当つていた被控訴人に対し、同銀行から厳しく支払の督促があつたので、同日被控訴人において右七万五、〇〇〇円および利息を支払つて債務を完済し、右債務のため控訴人(親権者加藤たか)が同銀行に振出交付していた昭和二一年一一月三日付振出の金額七万五、〇〇〇円の約束手形を同銀行から受取つたが、担保に差入れてあつた本件株式については、その頃在外資産として移転を禁止されていたため直ちに返還を受けることができず、右移転の禁止が解かれた後、昭和三〇年三月一日上記銀行愛知川支店において、控訴人、被控訴人および控訴人の親族たる梅本藤四郎、北川伝右衛門の四人列席の上、被控訴人の所持していた加藤甚蔵宛および加藤お政宛の本件株式の預かり証を同銀行に返還するとともに、受取人として控訴人、受取りについての連帯保証人として被控訴人が各署名捺印した本件株式の受領証を銀行に渡し、これと引換に同銀行から、同席する控訴人の了解のもとに、被控訴人が本件株式の株券を受取つて持帰つたものであることがみとめられ、右の認定を左右するに足る証拠はない。

ところで、被控訴人の滋賀銀行に対する上記七万五、〇〇〇円の支払は、被控訴人において上記のとおりその債務の整理を控訴人から一任されていたのであるから、控訴人からの委任事務の処理としてなされたとみとむべきは当然であり、その支払資金が控訴人から出たとみとめられる証拠は何もないのであるから、被控訴人自身の金銭をもつて支払われたとみとめるほかはない。

控訴人は、被控訴人において右借入金債務を引受け、その支払いをした場合の控訴人の償還義務を免除する約定をした旨主張するが、これをみとめるに足る証拠はなく、成立に争のない甲第四号証の一・二、乙第一号証第四号証および当審における被控訴人本人の供述によれば、上記七万五、〇〇〇円支払の頃、被控訴人と控訴人との間に前記梅本藤四郎を交え、支払資金の差当りの負担方法および負担後の処置などについて折衝があつたが、結局話合がつかなかつたことがみとめられる。

そうすると、上記七万五、〇〇〇円は、控訴人からの委任事務の処理に要した費用として、被控訴人から控訴人に、償還を請求し得るものといわねばならない。

ただ、被控訴人は、右七万五、〇〇〇円の支払が、第三者としての弁済であり、これにより被控訴人は上記滋賀銀行の控訴人に対する債権および本件株式の上の担保権を弁済による代位により取得したとも主張し、上記乙第二号証の約束手形には同銀行から被控訴人宛の裏書がなされてはいるが、被控訴人が控訴人の叔父の関係で右債務整理を一任されて処理したことや、事後に行われた上記株式返還の状況を考え名せ、原審ならびに当審における被控訴人本人の供述を参照すると、被控訴人が上記銀行に対し、特に第三者の立場で弁済することを明確にして控訴人の上記債務を支払つたとはみとめがたく、金は被控訴人が出したとしても、銀行に対してはやはり控訴人の代理人として支払つたものとみとめられるので、右弁済により同銀行の控訴人に対する債権および本件株式の上の担保権を被控訴人が取得するにいたる関係はなかつたものというほかはない。従つて右銀行の債権および担保権を被控訴人が取得したことを前提とする被控訴人の主張は、ひつきよう採用することができない。

そこで、上記費用償還請求権にもとづく留置権の主張についてみるに、本件株式については、上記のとおり、それが担保に供されていた控訴人の債務を被控訴人が立替えて支払い、担保権を消滅させて受戻し、被控訴人においてその株券を所持しているのであるから、右立替え支払いによつて発生した被控訴人の控訴人に対する上記七万五、〇〇〇円の求償債権は右の株券に関して生じた債権というべきであり、その債権のため被控訴人はその株券に対し留置権を有するものとしなければならない。

控訴人は本件株式の上に存した上記銀行の担保権は、昭和二〇年一〇月一五日大蔵省令第八八号による本件株式の移転禁止により消滅したと主張するが、右の移転禁止が過渡的一時的な性質のものであることから考えて、これによりその担保権は、実行が一時抑止されたにとゞまり、担保権そのものがこれにより消滅したと解することはできないから、右の担保権は右省令にかかわらず存続し被控訴人による上記債務弁済によつてはじめて消滅したとみとめるに支障はなく、その担保権消滅との関連において被控訴人に上記留置権の発生することをさまたげるものではない。

最後に、控訴人の主張する時効の点を検討すると、被控訴人の上記七万五、〇〇〇円の求償債権は、被控訴人が滋賀銀行に支払いをした昭和二二年六月二三日発生し、かつ直ちに控訴人に履行を請求し得た関係にあるので、その消滅時効期間は同日から一〇年であり、被控訴人によつて弁済された右銀行の控訴人に対する債権とは別個の債権であり、時効期間についても相関するところはない。そして、被控訴人が本件訴訟において、昭和三一年八月一三日の原審口頭弁論期日に、昭和三〇年一二月一九日付答弁書にもとづき、右求償債権にもとづく留置権の存在を主張したことは記録上明らかである。

かくのごとく、物の引渡をもとめる訴訟においてその物に関して生じた債権にもとづいて留置権が主張されたときは、その留置権により担保される債権の存否が審理判断され、留置権がみとめられるときは、その被担保債権の履行と引換にその物を引渡すべき旨の判決がなされることになるわけであつて、ここにおける留置権の主張は、その被担保債権の行使の一態様とみるにさまたげがないとともに、被担保債権についての証拠資料も確保され、判決によつて債権の存在も明確にされること、積極的に訴をもつて債権の履行を請求した場合と大差がないのであるから、その被担保債権の消滅時効につき留置権の主張を訴の提起に準じ、時効の中断事由と解するのが相当である。従つて、被控訴人の上記求償債権の消滅時効は、上記留置権の主張により中断し、いまだ完成せず、右求償債権およびこれを担保する上記留置権はなお存続するものといわなければならない。

そうすると、被控訴人はその所持する本件株式についての株券を、控訴人から七万五、〇〇〇円の支払を受けるのと引換にのみ、控訴人に引渡す義務があるわけであり、被控訴人に対し、右支払と引換に右株券の引渡を命じた原判決は結局相当であつて、本件控訴は理由がないので、これを棄却すべきものとし、控訴費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 木下忠良 観田七郎 鈴木敏夫)

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